映画最高!(Cinema + Psycho)

映画に関するあれやこれやについて綴っていきます。映画の感想をメインに、映画にまつわるエピソード、そしてワンポイント心理学を紹介していきたいと思います。

MOVIE OF THE YEAR 2023 -外国映画編-

気がついたら2024年も1ヶ月以上経ってしまいましたが、引き続き、MOVIE OF THE YEAR 2023 -外国映画編-をお送りします!

 

10位:ヒンターラント
オーストリアルクセンブルク

 

監督:ステファン・ルツォヴィツキー
出演:ムラタン・ムスル、リヴ・リサ・フリース、マックス・フォン・デル・グローベン他

ヒトラーの贋札」のステファン・ルツォヴィツキー監督が、第一次大戦後のウィーンを舞台に描いたクライム・ミステリー。
第一次世界大戦が終わり、帰還兵としてウィーンに戻ってきたペーターだったが、敗戦によって変わり果てた国に居場所はなかった。そんな折、帰還兵ばかりを狙った連続殺人事件が発生し、ペーターは法医学博士のテレーザとともに捜査に乗り出すのだが・・・。

第一次大戦後ということで現在から100年ほど前という設定ですが、全編ブルーバックで撮影され、絵画のようなグラフィックを背景にあわせていることで、独特の世界観を演出するのに一役買っています。
事件の被害者の共通項は、帰還兵であるということで、自身も帰還兵である元刑事のペーターが事件の謎に挑むのですが、事件の真相が明らかになるにつれ、主人公の状況もはっきりしてきて、最終的に迫られる究極の選択、という展開も素晴らしい作品でした。

 

ヒンターラント

ヒンターラント

  • ムラタン・ムスル
Amazon

 


9位:死霊館のシスター 呪いの秘密
アメリカ)


監督:マイケル・チャベス
出演:タイッサ・ファーミガ、ジョナ・ブロケ、ストーム・リード、他

死霊館」のスピンオフ「死霊館のシスター」の続編。本編にも出てきたシスター・ヴァラクにスポットを当てたホラー。監督は「ラ・ヨローナ ~泣く女~」「死霊館 悪魔のせいなら、無罪。」のマイケル・チャベス
フランスでの神父の怪死事件を皮切りに、ヨーロッパ全土に広がった殺人事件の調査に派遣されたシスター・アイリーンらに待ち受ける恐怖を描く。

 ウォーレン夫妻が様々な霊的現象と対峙する「死霊館」シリーズは、実在の人物、実際にあった事件をベースとしているだけあって、ドキュメンタリーのように真に迫る怖さを持っている作品です。そのシリーズの「死霊館 エンフィールド事件」で初登場したのがシスター・ヴァラクで、自分が最初に同作品を見て思ったのが、「マリリン・マンソンやん!」でしたが、本作は、そのシスター・ヴァラクそのものにスポットを当てた「死霊館のシスター」の続編になります。
死霊館」シリーズと比較すると、シスター・ヴァラクとの対決がメインに来ているので、そういう意味ではバトル映画と言っても良いんじゃないでしょうか。
さらに、シスター・ヴァラクの登場シーンもただ怖がらせるだけじゃないこだわりを見せていて、これはもはやアート映画と言っても良いんじゃないでしょうか?
そして、もちろん普通に怖いので、ホラー映画としても十分に魅力的となっています。よくあるジャンプスケア的演出に頼ることなく、またホラーの常套手段的な展開からも微妙にずらしているところもあって、ホラー映画に見慣れた諸氏も満足させる完成度となっている一本です。

死霊館のシスター 呪いの秘密

死霊館のシスター 呪いの秘密

  • タイッサ・ファーミガ
Amazon

 


8位:デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム
(ドイツ・アメリカ)

監督:ブレット・モーゲン
出演:デビッド・ボウイ、他

くたばれ!ハリウッド」「ジェーン」のブレット・モーゲン監督によるデヴィッド・ボウイ財団初の公式認定ドキュメンタリー。
財団所有の未公開映像も含むアーカイブ映像から、デビッド・ボウイの生涯を綴っています。

デビッド・ボウイ財団の公式認定ということもあり、デビッド・ボウイに関連する映像を利用する自由度がかなり高くなった本作。とはいえ、本編全てがデビッド・ボウイ自身のコメンタリーや自身へのインタビューであったり、ライブや舞台、映画の映像、街でのオフショットなど、とにかくデビッド・ボウイ本人を捉えたものであって、第三者へのインタビューやコメントなどが一切ないのが特徴です。
グラム・ロック、ポップ・ロック、ダンス・ロックなど時代時代を経て音楽だけでなくビジュアルイメージも変化していく様をまさに追体験できる作りになっています。
そして、音楽以外でも、アメリカ、ドイツ、そして日本にも一時期滞在していて、その場所その場所で新しい文化、伝統を取り入れ、それを音楽を含めたアートワークへと昇華していく様は、彼のルーツを辿る旅とも言えます。死去する直前にリリースされたラスト・アルバム「ブラックスター★」と同様に、未来にまで残されて語り継がれていく1本です。

 


7位:キリング・オブ・ケネス・チェンバレン
アメリカ)

監督:デヴィッド・ミデル
製作:モーガン・フリーマン
出演:フランキー・フェイソン、スティーヴ・オコネル、他
声の出演:アニカ・ノニ・ローズ

2011年に実際に起こったケネス・チェンバレン事件の映画化。
双極性障害を患う黒人男性のケネス・チェンバレンは、医療用通報装置を誤作動させてしまい、状況確認のために警官がやってくる。困惑するチェンバレンだったが、警官に対する嫌悪感からドアを開けることを拒み続けた結果、警官たちもエスカレートしていき・・・。

実話が元になった作品は良くも悪くもドラマ性や盛り上がりに欠ける部分があったり、また事実を知っていれば結末も分かっていることが多いため想像の範疇に収まるものであったりすることもよくありますが、本作は決してそんなことありません。
最初の通報から最終的にケネス・チェンバレンが命を落とすことになるまでの約90分間、映画の上映時間も83分とそれとほぼ同一で、まさにリアルタイムで進行する物語となっています。

医療用通報装置の誤作動がきっかけで警官がやってくる。
警察に良い印象を抱いていないチェンバレンはドアを開けることを拒否する。
ドアを開けないことで武器を隠しているかも、誰かを監禁しているかも・・・。
と、アパートのドアを挟んで廊下と室内、それと窓の外の風景がちょっと映るぐらいの極めて限定的な環境で、状況だけがどんどんエスカレートしていきます。
見ている側はまさにこれを同時進行で体験する感覚なので、「もっと落ち着いて説明すればよいのに。」とか「駆けつけた家族の話を冷静に聞けばよかったのに。」「警察も保険会社や病院に確認すればよいのに。」とかを思い巡らせることになります。
それが見ている側にも緊迫感をもたらす要因となっており、それゆえ質の高いドラマになっています。
きっかけは勘違いや思い込み程度だったとしても、そこに偏見や差別の意識が加わってしまうことで、最悪の結果を導いてしまうというのは、まさに集団の負の影響で、「福田村事件」でも描かれていました。ちょっとしたボタンの掛け違いが生む悲劇のドラマがあまりにも痛切でした。

 


6位:長ぐつをはいたネコと9つの命
アメリカ)

監督:ジョエル・クロフォード
声の出演:アントニオ・バンデラスサルマ・ハエックオリヴィア・コールマン、    フローレンス・ピュー、他

ドリームワークス製作の人気アニメ「シュレック」に登場するキャラクター、長ぐつをはいたネコこと、プスの活躍を描いたシリーズ第2弾。
9つあると言われていた命が残り1つとなってしまったプスは、どんな願いでもかなうという"願い星"を探し求めて冒険の旅に出るが・・・。

前作「長ぐつをはいたネコ」では、声を担当しているアントニオ・バンデラスそのままにアニメ版の「マスク・オブ・ゾロ」といった雰囲気の軽妙なアクション・ミュージカルという様相でしたが、本作は死生観という重いテーマを取り入れているのが印象的です。残り1つの命になって死を恐れるようになったプスは普通の家ネコとしてひっそり生きていくことを決意するのですが、ここで多くのネコを保護している女性ママ・ルナの元に行くのですが、ここではプス以外のネコがいわゆる普通のネコとして描かれているのも面白いですね。
そしてそこで出会うワンコ・ペリットもまたインパクトのあるキャラです。
ネコのふりをしてママ・ルナの家に一緒に保護されていたのですが、彼の純粋さ、無邪気さがプスを幾度も救うことになります。
終盤は、再び冒険の旅に出るプスと、同じく"願い星"を狙うゴルディとクマ一家、ジャックと三つ巴の戦いになっていく展開で、アクション・アドベンチャーとしても盛り上がっていく構成になっています。
プスのさらなる冒険に期待せざるをえないのです。

 


5位:PERFECT DAYS
(日本・ドイツ)

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司柄本時生、中野有紗三浦友和石川さゆり、他

パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」の名匠ヴィム・ヴェンダース監督が日本を舞台にしたドラマ。下町のアパートで一人暮らしをしている中年男性の平山。毎朝決まった時間に起床し、軽自動車でお気に入りのカセットテープを聞きながら、公衆トイレの清掃に赴く。仕事が終わるとなじみの銭湯、行きつけの居酒屋と巡り、読書をしながら床につく。そんな日々だったが姪っ子のニコが突然やってきて・・・。

ヴィム・ヴェンダース監督と言えば、「さすらい」や「パリ、テキサス」に代表されるようにロード・ムービーの名匠として知られていますが、一方で、小津安二郎に傾倒していたように日本に対しても特別な思い入れがあるとのことで、誕生したのが本作です。

描かれているのは、公衆トイレの清掃を仕事としている中年独身男性の日常。
ストーリーだけだと何が面白いのか?と疑問に思われるかと思いますが、このプロットからヴィム・ヴェンダース流の演出によって、心に残る作品に仕上がっています。

まず目を引くのが徹底したコントラスト。
主人公の平山が住んでいる下町のボロアパートと、すぐそばで見れる東京スカイツリー
下町の銭湯や場末の居酒屋と、ポップで斬新なデザイナーズトイレ。
東京のレトロな部分と近代的な部分の両面をこれでもかと見せてきます。
そんな両面性のある東京で暮らす平山は判を押したように几帳面にルーティーンを守った毎日を過ごしています。
決まった時間に起きて布団を畳み、缶コーヒーを買い、清掃用具を積んだ軽自動車でお気に入りのカセットテープを聞きながら出勤し、担当の公衆トイレを丁寧に清掃し、仕事の後はなじみの銭湯と行きつけの居酒屋、古本屋で買った本を読みながら眠りにつく。
こんなルーティーンの生活だからこそ、迷子だったり、木漏れ日だったり、トイレの清掃の際に見つけた○×ゲームだったり、誰も目もくれないホームレスだったり、日常のちょっとした変化に気がつきます。
姪っ子の突然の訪問にも事情を聞くでもなく追い返すでもなく静かに受け入れるのも、そうしたルーティーンに裏付けされた自分なりの生き方が徹底されているからでしょう。突然シフトが増やされたり、スナックのママの恋人の存在に動揺したりすることはあったとしても。
客観的に見れば、中年の独身男性で仕事はトイレ清掃、家はボロアパートととても憧れの生活とは言い難い日々を過ごしていますが、それでもこれが彼にとっての"PERFECT DAYS"なのでしょう。

音楽の話とかもしたいけど語りだしたらキリがなさそうなのでこのへんで。


4位:ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー :VOLUME3
アメリカ)

監督:ジェームズ・ガン
出演:クリス・プラットゾーイ・サルダナデイヴ・バウティスタ、他
声の出演:ヴィン・ディーゼルブラッドリー・クーパー

地球生まれのピーター・クイルが率いる銀河の落ちこぼれヒーローチーム「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(GoG)」の活躍を描くSFXアクション。シリーズ第3弾にして、一応の完結編となっています。
ウォーロックの襲撃により重傷を負ったロケットを救うために、ハイ・エボリューショナリーの作り出した地球そっくりの星、カウンター・アースに向かうのだが・・・。

本作はチームメンバーのアライグマ(本人は認めていない)のロケットにスポットが当てられています。
冒頭の襲撃で意識不明状態となってしまうのですが、その脳内で過去の回想が映し出されます。ここで、何故ロケットがアライグマのなりをしているのか、GoGに加わって宇宙を股にかけた活躍をするようになるのかが分かります。正直ここのエピソードだけでも素晴らしい傑作になっています。
それから本作のテーマの一つにセカンド・チャンスというものもあります。
劇中で象徴的なには、ウォーロックですね。
冒頭のシーンでロケットを傷つけてしまいますが、その彼に手を差し伸べるのがまたロケットだというのも美しいです。
本作の監督ジェームズ・ガンも以前のSNSでの発言が元でシリーズの監督から降板が決定するもファンからの署名活動により復帰できたという経緯もあります。
さらに、アイデンティティーの再確認もまたテーマとなっています。
ロケットはもちろんですが、ピーターやドラックス、ガモーラ、ネビュラ、マンティスといった仲間たちもそれぞれの生き方、それぞれの道を見つけて行きます。
もちろんこれまでのシリーズでもあったメンバー同士の丁々発止の掛け合いだったり、それぞれの好きな音楽へのこだわりなども健在です。
そして最後に、グルートのセリフに対する監督の解説がなんとも泣けます。これはぜひご自分で確認していただきたい。

 


3位:イニシェリン島の精霊
(イギリス、アメリカ、アイルランド

監督、脚本:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレルブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン、他

スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督がデビュー作の「ヒットマンズ・レクイエム」に続いてコリン・ファレルブレンダン・グリーソンを主演に迎えたドラマ。
1923年、アイルランドにある孤島イニシェリン島。気が良いだけが取り柄の中年男パードリックは、年の離れた親友コルムを誘ってパブで飲むのが日課だった。ところが、ある日突然、コルムは友だちであることをやめて、もう口も利かない、と一方的に絶縁宣言をする。困惑するパードリックはコルムに掛け合うも、ついには「もし自分に話しかけたら自分の指を落とす」と脅され・・・。

小さな島で2人のおっさんが仲違いをする話。
雑にプロットだけ言ってしまうと本当にそれだけの映画なんですが、そんなプロットを見せられて、「誰が見たいんだ?誰が関心あるんだ?」と思われると思いますが、その時点でおそらくは監督、脚本のマーティン・マクドナーの術中にはまっていると言えるでしょう。

映画はコルムの"絶縁宣言"からスタートするので、2人がいかに仲良かったかなどの情報はありません。冒頭ではコルムの行動の理由を探すという展開になるのかと思うのですが、「パードリックの話が退屈で、馬鹿な話に付き合っているヒマはない」というなんとも釈然としない理由に落ち着きます。こんな些細な、劇中の(町で一番のバカと言われている)ドミニクの言葉を借りれば、「絶交なんて12歳の子どもかよ!」です。そんな些細な喧嘩がエスカレートしていって・・・というのが構図になるのですが、この単純かつ他人からすれば全く興味のそそらない関係性が、まさにアイルランド内戦のメタファーとなっています。

アイルランドは1922年にイギリスから自治を認められるのですが、イギリス国王を元首とすることや北アイルランドは依然としてイギリスの領土とされることで、政府軍と条約反対派での激しい争いが起こり・・・というのが俗に言うアイルランド内戦です。
せっかく(条件付きとはいえ)独立を果たしたはずの国で、今度は同じ国民同士で争うことになったのです。このあたりは政府軍の指揮者だったマイケル・コリンズリーアム・ニーソンが演じた「マイケル・コリンズ」でも描かれています。

当事者にしてみれば大きな関心ごとでも、傍から見れば他人事というのがまさに内戦に対するアイロニーとなっています。
本作はまさにアイルランド内戦の時期が舞台設定になっていますが、イニシェリン島はなんとも牧歌的で、戦争らしいものはたまに遠くで聞こえる銃砲の音ぐらいです。
劇中で、警察官が本島の方に死刑執行の立会人として呼ばれるエピソードがありますが、この警察官は政府軍か条約反対派かどちらの処刑なのかも知りません。それぐらいに無関心だったという裏付けでしょう。

そして本作は人の生き方についてもテーマとなっています。
コルムはおそらく60代ぐらいでパードリックより一回りぐらい年上という設定だと思われますが、自分の残りの人生がそれほど残されていないと考えたときに、自分の存在意義について自問自答したのではないでしょうか。
劇中でモーツァルトの音楽は死後も生き続けているが、人の優しさをずっと覚えている人はいないと語っていたのも、まさにその存在意義についてでしょう。
だからこそ、自分の生きた証を残すために、最後に音楽に没頭するために、パードリックと絶縁したのでしょう。
この人の優しさという特性を否定するコルムに対するパードリックの返しはひたむきで素晴らしいのでぜひ映画を見てほしいです。

とまあ、この映画も語りだしたら止まらないのでこのへんにしておきますが、いろいろと深読みや自分なりの解釈も可能な作品だと思いますので、ぜひ見て感想を言い合ってもらえたら良いなと思う作品でした。

 


2位:エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
アメリカ)

監督、脚本:ダニエル・クワンダニエル・シャイナート
出演:ミシェル・ヨーキー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス、他

スイス・アーミー・マン」のダニエル・クワンダニエル・シャイナート監督コンビによるマルチバース・アドベンチャー
アメリカで夫とコインランドリーを営む中国系移民のエブリン。国税局からの問題指摘や父親の介護、一人娘の反発などで疲弊していたが、ある日、夫に乗り移った別宇宙の夫からのメッセージで、エブリンこそが全宇宙の救世主であると知らされるのだが・・・。
ダニエル・ラドクリフを死体役にしてやりたい放題だった快作「スイス・アーミー・マン」でも比類ないイマジネーションを発揮していた"ダニエルズ"ことダニエル・クワンダニエル・シャイナート監督の新作は、ついには一つの宇宙では収まらずにマルチバースの世界へと飛び出しました。
マルチバースと言えば、アメコミでは当たり前のように描かれているのですが、パラドックスの問題など十分な説明がなされていない部分も多く、個人的にはあまり好きな設定ではなかったのですが、本作では、何らかの選択や決定して分岐したパラレルワールドであることがしっかりと説明されており、かつマルチバースを超えてシンクロするために"バースジャンプ"と呼ばれる普段その人が絶対にしないであろう行為や仕草などが必要というのもバカバカしくもあるけど説得力のある設定になっています。だからこそもっとも凡庸で、もしあのときああしていれば、という思いに満ちている現宇宙のエブリンこそが、最強の救世主になる素質を持っているというの腑に落ちます。
 パラレルワールドの描き方も秀逸で、基本はエブリンが中心になっていますが、マルチバースはバースジャンプの存在を把握しているアルファバースや、カンフーの達人、歌手、料理人、交通整理の人、はたまた指がソーセージになった人類、人形や石!といった極端な世界まで、人間の視覚では視認できないレベルで映し出しています。
 それでいて、この壮大なパラレルワールドが映し出されている舞台がコインランドリーと国税局であったり、全宇宙の人類の存亡に関わるエピソードが、その実は一家族の問題であったりと、マクロとミクロの視点の同居性もまた映画的で素晴らしいと思いました。
 そして何より、誰もがエブリンのように人生一度は「あのとき、ああすればよかった」という思いは持っているはずで、そのときどきの選択や決定であらゆる可能性を秘めていたということ、それは今後の選択や決定にも言えること、すなわち何でもない自分が何者にでもなれる可能性があるということを示唆してくれています。これこそ究極の人生讃歌ではありませんか!

 


1位:雄獅少年/ライオン少年
(中国)

監督:ソン・ハイポン
声の出演(日本語吹替え版):花江夏樹桜田ひより山寺宏一、他

中国で大ヒットしたアニメ映画。
出稼ぎをしている両親の帰りを待つ少年チュン。彼はある日、華麗な獅子舞バトルで屈強な男たちを倒した少女チュンと出会う。彼女から獅子頭を譲り受けた少年チュンは、仲間たちとともに獅子舞バトルの世界へ挑戦しようとするが・・・。

中国製のアニメ映画というとあまり馴染みがありませんでしたが、その潮目が変わった作品と言えば、2019年公開の「羅小黒戦記」ではないでしょうか。
この作品はそれまで外注されることの多かった中国製のアニメ映画で、原作からアニメーションまで中国人のクリエイターで製作されていることもありますが、アニメーションの技術、表現で日本や諸外国のアニメーション映画と遜色がないだけでなく、設定や物語に中国らしさを取り入れていて、日本でもロングランとなりました。

それを経ての本作は、3DCGアニメーション(中国ではこちらの方が主流らしいですが)ということで、また一つ驚かされました。

冒頭、少年チュンが自転車で中国の田園風景を疾走するところから始まり、黒獅子のチームメンバーに絡まれお年玉を奪われるも、そこにさっそうと赤獅子が現れ、獅子舞バトルが始まります。そこで縦横無尽に空間を立ち回る獅子舞バトルに少年チュンと同様魅せられていきます。

その後の物語としては、少年チュンは獅子舞バトルを目指すも冴えない仲間しかおらず右往左往していたところで、今は魚屋の店主をしているチアンがかつて獅子舞をやっていたことを知り、なんとか弟子入りを志願して、そこから獅子舞の猛特訓が始まる・・・

という基本の設定は、負け犬少年たちが夢を追いかけるという王道的なものになっていますが、その背景には中国でも深刻化している経済格差の問題が浮き彫りになっています。
主人公のチュンは両親が出稼ぎで大都市に行っているため寂しい思いをしており、師匠となるチアンも結婚して生活していくために一度は獅子舞を諦めています。

このように、中国の伝統文化の一つである獅子舞を物語のキーに持ってきつつ、背景にしっかりと社会問題も描きつつ、ストーリーとしては王道的なものであるという奇跡のバランスが成立している一作だったと思います。
それでいてアニメーション技術の向上による表現の豊かさも伝わってきて、今後ますます目が離せなくなる中国アニメの代表作となる一本としてオススメします。

 


日本映画編に引き続き、外国映画編もベスト10形式でお送りしました。
こちらは1~4位は不動で、5位以下はちょいちょい入れ替わりそうな気がします。

中国製アニメ、アカデミー賞受賞のマルチバースアクション、戯曲がベースのアイルランドの風刺劇と、過去にないぐらいバラエティーに富んだ選出となったかもしれません。

日本映画、外国映画の1位の両方に関わっているのが桜田ひよりさんということで、2023年最も活躍したで賞にも値しますねー!

 

 それ以外の作品では、アカデミー賞関連の作品も傑作揃いだったと思います。
スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的作品「フェイブルマンズ」カンヌ映画祭パルム・ドールも受賞した快作「逆転のトライアングル」、「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督による映画愛のこもった185分の大作「バビロン」、閉鎖的なコミュニティーで起きた男性からの虐待に対する女性たちの決意を描いた「ウーマン・トーキング 私たちの選択」などがありました。

 キャストで言うとブレンダン・フレイザーがカムバックを果たして主演男優賞を受賞した「ザ・ホエール」ケイト・ブランシェットが狂気の指揮者を演じきった
「TAR ター」も素晴らしかったです。

 大作系では、人気のTRPGを原作にした「ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り」は元ネタのゲームを知らずとも楽しめる快作になっていましたし、DCコミックスのヒーロー映画「ザ・フラッシュ」もビジュアルはもちろん物語もエモーショナルで見応え十分でした。
グランツーリスモも日本のTVゲームが原作で、ゲームシーンとレースシーンの見せ方が素晴らしかったです。
ジョン・ウィック コンセクエンス」では、ド派手アクションシリーズの最終作にふさわしくなんでもありのバトル・ロワイアル状態のアクションに熱狂させられました。
「ザ・クリエイター 創造者」ギャレス・エドワーズがAIが進化してシンギュラリティーを迎えた世界を描いています。
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」では「チャーリーとチョコレート工場」の前日譚としてウィリー・ウォンカ自身にスポットを当てた作品で、ミュージカル仕様で万人受けするタイプの作品だと思います。

    アジア系の作品では、インドで映画に魅せられた少年を通じて映画愛をスクリーンいっぱいに映し出した「エンドロールのつづき」、韓国人の高校生と脱北した天才数学者の交流を描いた「不思議の国の数学者」、スペイン映画のリメイクで、女性弁護士が殺人容疑をかけられた実業家を弁護する過程で真実が明らかになっていく「告白、あるいは完璧な弁護」認知症を患う老人が青年の力を借りて復讐を果たそうとする「復讐の記憶」などが印象的でした。

 アニメ作品では、ディズニーが火と水という相容れないエレメントの2人が起こす奇跡を描いた「マイ・エレメント」、体長2.5センチの巻き貝マルセルを主人公にしたストップモーションアニメ「マルセル 靴をはいた小さな貝」、チリ制作で実物大のセットに等身大の人形や絵画を用い、その制作過程もインスタレーションとして公開された異色作「オオカミの家」などがありました。

 ドキュメンタリーでは、映画音楽の作曲家として知られるエンニオ・モリコーネの作品を担当した映画とともに振り返るモリコーネ 映画が恋した音楽家、韓国で再開発により取り壊しの決まった団地で取り残された地域猫の保護活動を追った「猫たちのアパートメント」、そして消防士、スタントマン、ホームレスなど猫を飼っている様々な男性にスポットを当てた「猫と、とうさん」、2023年のドキュメンタリー界は猫いやーでした。(ΦωΦ)ノ

 ホラー系では、ラッセル・クロウ扮するお茶目なパワー型神父が悪魔祓いをする「ヴァチカンのエクソシストは局所的に日本では大きな話題となりました。
韓国の「オクス駅お化け」は、タイトルとポスターアートに惹かれて見ましたが、物語としても怖さとしても抜群の一本でした。

 社会派な問題作では、フランソワ・オゾン監督が安楽死の問題を描いた「すべてうまくいきますように」ダルデンヌ兄弟がアフリカから難民としてやってきた2人がベルギーで必死に生きていこうとする様を描いた「トリとロキタ」、母親の偏愛により35年もの間監禁されていた男が初めて外界に出て巻き起こす騒動を描いた「悪い子バビー」は実に30年の時を経て劇場初公開となったことも話題でした。そしてAIの進化により人口子宮を使ったポッド妊娠が可能になった近未来での夫婦のあり方を描いた「ポッド・ジェネレーション」などは印象的でした。


以上、2023年を彩った(と個人的には思っている)映画の紹介でした。

2024年も1ヶ月すでに経過してしまいましたが、またたくさんの映画を見てレビューをして行きたいと思っておりますので、よろしくお願いします!