映画最高!(Cinema + Psycho)

映画に関するあれやこれやについて綴っていきます。映画の感想をメインに、映画にまつわるエピソード、そしてワンポイント心理学を紹介していきたいと思います。

映画「四月になれば彼女は」感想 ―映画に、恋に、川村元気に期待するもの―

 

「四月になれば彼女は」概要と感想

 川村元気の同名小説の映画化。婚約者との結婚を間近に控えていた主人公が、かつての恋人からの手紙に戸惑いながらもかつての初恋の記憶を思い出し、愛や結婚について考え直していくラブ・ストーリー
 監督は米津玄師の「Lemon」をはじめ多くのミュージック・ビデオを手掛け、本作が長編映画デビューとなる山田智和。出演は、佐藤健長澤まさみ、森七菜、仲野太賀、中島歩、河合優実、ともさかりえ竹野内豊、他。

 精神科医の藤代(佐藤健)は、弥生(長澤まさみ)との結婚を間近に控えていた。そんな折、藤代のかつての恋人・春(森七菜)から絵葉書が届く。学生時代以降疎遠になっていた彼女からなぜ今ごろになって連絡が来たのか戸惑いつつも、当時の記憶が蘇る。そんな折、弥生がいなくなってしまう・・・。

 

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 前年から映画館では大々的に予告編が流れていて、本格的なラブ・ストーリーとしての期待が高まっていましたが、個人的には肩透かしというか少し残念だったというのが正直な感想です。その一つの要因として、本作はそもそもいわゆる王道的なラブ・ストーリーではなかったということです。主人公の藤代から見て、現在の恋人の弥生、そしてかつての恋人だった春と構造としては三角関係と言えなくもないですが、リアルタイムで進行しているわけではありませんし、それが原因で藤代が葛藤しているわけでもありません。
 原作は未読ですが、あらすじや読まれた方のレビューなどを見る限り、藤代がいなくなった弥生を探す過程で、春との恋の記憶を思い出しながら、本当の愛とは何かを模索していく、そんな物語と見受けました。映画でも藤代と弥生は結婚を間近に控えているのに、どこか達観しているというか淡白な印象がありました。ただ、藤代が「これも愛の形」だと影響を受けるには、その周囲の人物の情報があまりにも少なく、触媒となりえていません。

 藤代と弥生がよく行っていたバーの店長タスク(仲野太賀)は、藤代がざっくばらんに話ができる相手で、どうやら同性愛者であるということが匂わされていますが、そのエピソードはそれ以上は知らされません。弥生の妹・純(河合優実)は、藤代に対して「姉のことを全然分かってないんですね。」と責めますが、それ以上の役割を果たしていません。原作では、恋愛に関しては自由奔放で、以前藤代に言い寄ってきたこともあるらしいのですが、映画ではそのあたりは一切描かれません。そして、藤代の職場の同僚(先輩?)の奈々は、弥生のことも知っていて色々相談に乗ってくれますが、彼女自身は離婚歴があってシングルマザーである以上のことは分かりません。彼女の設定は、原作では藤代の後輩で、美人でモテるのにとある理由があって恋愛をしなくなった人として描かれています。もちろん映画の尺の問題もあるのでしょうが、わざわざ改変までして登場させた割には重要なパートであるという印象を受けませんでした。このように、藤代、弥生、春以外の人物描写が最小限に絞られてしまっているため、藤代の恋愛観や結婚観に影響を与えるのには不十分でした。

 藤代と弥生、そして春の3人によりスポットを当てて描く、ということももちろん念頭には置かれているのでしょう。ただそこに限定したとしてもいろいろと違和感が残ります。藤代と弥生は結婚を間近に控えたカップルで同棲もしているけど、セックスレスで寝室も別々になっています。その状況で春から絵葉書が届いたことで弥生はいなくなってしまうのですが、藤代が弥生を不安にさせるほどの冷めた感じかと言えばそんな雰囲気はありませんでした。2人で結婚式場の下見にも行っているし、弥生の誕生日になった瞬間にワインで乾杯もしています。そして誕生日の当日には素敵なレストランも予約してくれています。春の絵葉書を気にしたということも考えられなくはないですが、藤代は春からの知らせを喜ぶよりも正直戸惑っているという印象でしたし、絵葉書のことを弥生に隠しているでもなく、弥生も自分から「何人目の彼女?」と聞いたりもしています。弥生がかつて婚約解消したことがあり、それが原因で不眠症になり、藤代の精神科に掛かったという経緯があるので、弥生にそうした精神的に不安定な部分はあるとしても、藤代からすれば弥生の失踪は青天の霹靂だったとしか思えません。
 藤代と春の関係はどうだったのでしょうか?藤代と春は大学時代の写真部で出会い付き合っています。学生時代の恋らしいピュアなエピソードもちらほらありますが、燃えるような大恋愛という印象は抱きませんでした。2人が別れるきっかけとなった出来事は描かれていますが、明確に別れるシーンは描かれていません。その後、弥生との出会い(不眠で診察に来るシーン)の際に、「7年恋愛できていない」と言っていたので春のあとに彼女はいなかったことからも、春との恋愛を引きずっていたと解釈はできなくもないですが、映像からはそれがあまり伝わってきませんでした。藤代と春の関係性の変化に至る設定は原作からは変更されているようですが、それが功を奏したという印象もありません。

 

期待値とスケール感

 結局のところ、本作が描いているものは、「愛とはなんぞや?」の押し問答であり、だいぶ落ち着いてきた大人のオフビートな恋愛という風情なのです。ただ、主演の佐藤健と言えば、Netflixのドラマで話題になった「初恋」の印象がありますし、長澤まさみも「世界の中心で、愛をさけぶ」のようなド直球の恋愛映画に出演もしています。本作はこの2人の初共演ということで、否が応でも期待値が高まってしまっているのです。
 さらには、劇中にも出てきますが、ウユニ塩湖、プラハ、そしてアイスランドのブラック・サンド・ビーチと、旅行好きならずとも一度は耳にしたことのある世界の絶景が予告編でも映し出されているのです。藤井風の主題歌「満ちてゆく」もこの絶景をバックにしても何ら劣らないスケール感の楽曲に仕上がっているのです。なので予告編を見た人で原作が未読の人であれば、いなくなってしまった彼女を追いかけて、かつての恋愛で行くはずだった世界を巡るんじゃなかろうか、そんな期待感を持って劇場に駆けつけてしまうことになります。そう思って観ると描き方としては至って地味な雰囲気のある作品なので、思わぬ肩透かしを食らったということになります。
 このあたりは予告編の作り方の問題もあるのかもしれませんが、当然映画の存在を知らしめて、かつ映画館まで観に行きたいと思わせるということを考えるのであれば、本作のように壮大なシーンを切り取って期待感を高めるということは一つの手段と言えるかもしれません。ただ、世間の評価や評判を確認してから見に行く人の食指が動くかは、やはり作品の内容だったり完成度だったりが物を言うわけで、本作にはそうした第2、第3の波につながる要素が少なかったため、初動での動員数が伸び悩んでしまったこともあり、興行的には厳しい結果が予想されることとなってしまったのかもしれません。最近では、徹底して事前情報を出さずに公開までこぎつけた「THE FIRST SLUM DUNK」や「君たちはどう生きるか」がヒットしていることもあり、映画予告のあり方も変わってきているのかもしれませんね。

 


川村元気の携わった映画作品

 今や日本映画界における稀代のトッププロデューサーとも言える川村元気ですが、彼の携わった作品を見ていきましょう。いくつか傾向があるような気がしますので、その傾向ごとにパターン分けをして記載していきます。

 

パターン1:話題先行のネタ系映画
 最初に関わった作品が、「電車男」ですね。ネットの掲示板のエピソードを元にした映画化でしたが、ようやくパソコンが当たり前になってきた時期でタイムリーさもあり映画も大ヒットを遂げました。次が、前回の記事でも触れた「スキージャンプ・ペア ~Road to TORINO 2006~」です。当時見たときはこれが川村元気プロデュースとは知りませんでした。3作目が「サイレン FORBIDDEN SIREN」で、人気ホラーゲーム「サイレン」の映画化です。この3作だけだったら「電車男」の一発屋という印象だったかもしれませんね。

 

パターン2:人気コミックの映画化
 人気コミックが原作の映画で最初にプロデュースしているのがあだち充原作の同名コミックの映画化「ラフ ROUGH」でした。長澤まさみ市川由衣の共演っていうだけでもうね。そして企画として名前を連ねている「デトロイト・メタル・シティ」です。その後、久保ミツロウの「モテキ」、小山宙哉の「宇宙兄弟」、岩明均の「寄生獣」、大場つぐみ小畑健の「バクマン。」と原作ともども話題となった作品が多く、映画として見たときの満足度も高かった作品が多い印象です。他にも「ドラえもん のび太の宝島」「ドラえもん のび太の新恐竜」でドラえもんの映画も2度脚本を務めています。

 

パターン3:新時代の日本アニメ映画
 細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」、「バケモノの子」、「未来のミライ」、「竜とそばかすの姫」、そして彼の名前を世間に、世界に知らしめた新海誠監督の「君の名は。」、「天気の子」、「すずめの戸締まり」のプロデュースですね。特に「君の名は。」では、このタイトルの決定だったり、その後の作品でも起用されているRADWIMPSの音楽を結びつけたことでも話題でした。川村元気の真骨頂といったところでしょうか。

天気の子

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パターン4:2文字タイトルの傑作たち
 湊かなえの原作を中島哲也監督、松たか子主演で映画化した衝撃のサスペンス「告白」、そして吉田修一の原作を映画化し、主演の妻夫木聡深津絵里はじめキャストも作品も大絶賛された「悪人」がまず思い浮かびますが、他にも「悪人」の吉田修一原作、李相日監督による「怒り」、朝井リョウ原作の群像劇「何者」、「告白」の中島哲也監督、松たか子主演による「来る」、そして昨年絶賛された「怪物」と、このカテゴリーの作品は軒並み素晴らしいものが多いです。

 

パターン5:自身が原作の映画化
 川村元気自身が原作をした作品の映画化は、「世界から猫が消えたなら」が最初です。本作と同じ佐藤健を主演に迎え、余命僅かな青年のファンタジックな物語を作り上げています。そして、同じく佐藤健主演の「億男」は、宝くじの高額当選をした男がその扱いを相談した知人にお金を持ち逃げされてしまう異色のドラマとなっています。この2作では原作のみのクレジットで、プロデュースや企画、脚本には名前の記載がありません。自身の原作の作品を映画化する際にはあえて一歩引いているのかと思いましたが、その後、自身の長編監督としてのデビュー作「百花」を発表します。これは正直期待の方が上回ってしまった作品でした。

 

とパターン別に見てみましたが、特に3、4には傑作が集中している印象です。次の新作ははたしてどのカテゴリーの作品になるのでしょうか?乞うご期待!


ワンポイント心理学 ~自伝的記憶と感情~

 過去にあった自分に関する出来事や経験に関する記憶のことを自伝的記憶と呼びます。この自伝的記憶は、エピソード記憶と言われるものの一種で、記憶できる量、保持できる時間ともに制約のない長期記憶に分類されています。言い換えれば、一度記憶していれば、一生忘れることがないという記憶になります。
 誕生日や結婚記念日など、恋愛に関わる自伝的記憶もまた一生忘れられないものになっているはずですが、よく女性が、初めてデートした日や出会って100日記念日などを記憶していて、それを男性が忘れていて怒られるといった状況を聞いたことはないでしょうか。実は自伝的記憶に関しては、他の一般的な記憶(知識や概念に関する記憶で意味記憶と呼ばれています)と比較すると、男女差があることが知られていて、女性の方が、自伝的記憶を覚える「記銘」、そして自伝的記憶を思い出す「想起」いずれにおいても男性よりも優れていると言われています。
 その理由として、自伝的記憶が定着しやすくなるのに、感情が機能するということが挙げられます。嬉しい、悲しいといった感情とその要因となったエピソードが結びついているわけですが、この感情表現を司っているのが脳内の扁桃体という部位で、この扁桃体が男性よりも女性の方が機能していると言われています。女性の方が喜怒哀楽の感情をはっきりと表出し、それを記憶とも結びつけているというわけです。ということで、女性の皆さま、パートナーの男性が記念日を忘れていたとしてもそれはあなたをないがしろにしているわけではなくて、脳機能として女性よりもこうしたエピソードの記憶が定着しにくいということでご容赦いただけたらば幸いです・・・。